IE9ピン留め

TO KNOW HIM IS TO LOVE HIM/THE TEDDY BEARS



今夜はベタにいきます。

「TO KNOW HIM IS TO LOVE HIM/THE TEDDY BEARS」(1958年)

邦題は誰でも知っている「会ったとたんに一目ぼれ」です。
(「牛も知ってるカウシルズ」てのもありましたが・・・)
ナイスなタイトルです。(笑)
このタイトルは1949年に自殺した彼の父親の墓碑からヒントを得たもの。
こんな話みんな知ってるよね。

Phil Spector、Marshall Lieb、Annette Kleinbard、Harvey Goldsteinの4名で結成されたグループ The Teddy Bearsです。(のちにMarshall Liebが抜けて3人になります。)
1958年 LAのGOLD STAR STUDIOでわずか数時間でレコーディングされたこの曲がなんと全米1位に輝く。ここからWALL OF SOUND伝説が始まるわけです。

Annette Kleinbardのヴォーカル。
Harvey Goldsteinの低音のコーラス。
そして、Phil Spectorのやさしそうな「タララ~♪」というコーラス。

どれをとっても印象に残ります。
本当に大好きな曲ですよ。

今夜のBGMはWALL OF SOUNDだな。(微笑)
# by rokusuke_kujira | 2008-01-15 22:06

夏バテ/布谷文夫


昨夜も遅くまでブログの整理をしていました。
だから、いま目覚めました。

真冬なのに作業中のBGMはこれ。

「夏バテ/布谷文夫」

布谷文夫さんのソロアルバム「悲しき夏バテ」(1973年)からのピックアップです。
(言うだけヤボか。)
この曲の元ネタなんだっけ?
全然思い出せない。

クレジットはAnders-Ponciaになっているんですが・・・。
以前、サンソンでもオンエアされていたんだけど。

あ~あ~あ、思い出せない!

くやしいなあ。

このアルバム自体はいいですね。カッコイイ。
日本のロックのいろんな遺産(残骸もありますけど・・・)が残ってますが、これは評価されてもいいんじゃないですかね?
そんな風に思うんですけど・・・。
# by rokusuke_kujira | 2008-01-14 11:49

GOOD NIGHT/THE BEATLES



AMラジオだけれど月に何回か気持ちの良くなる時間がある。
それは私好みの曲がオンエアされる番組があるからだ。
エンディングの「GOOD NIGHT/THE BEATLES」(1970年)が良いのだ。

・・・といってもこの番組には私も関わっているから、選曲が私好みになって当然なんだけど、それでも音楽が周囲のムードと調和する瞬間は、やっぱり気持ちいいもの。
「GOOD NIGHT」を選曲した理由はシャボン玉ホリデーにおける「STARDUST」を意識しました。「ああ、これで番組が終わるんだ」とハッキリさせるために、そう、余韻を残すために。

それと同世代の方なら覚えているかも知れないけれど、「ビートたけしのオールナイトニッポン」がフライデー事件でビートたけしさんが謹慎している間に大竹まことさんが担当したことがあった。そのときのエンディングが「GOOD NIGHT」だった。
そのときの印象が強くてピックアップしたのも本当です。

私にとっては本当にエンディングに持って来いの曲だったわけです。そりゃ、アルバム「THE BEATLES」(通称:WHITE ALBUM)のエンディングの曲だから当然といえば当然なんだけどね。

いいモンですよ。
RINGO STARRのヴォーカルってね。
しかも、なかなかオンエアされることないですから。
# by rokusuke_kujira | 2008-01-14 02:44

I LOVE HOW YOU LOVE ME/THE PARIS SISTERS



そういうわけで、The Paris Sistersです。

「I LOVE HOW YOU LOVE ME/THE PARIS SISTERS」(1961年)

邦題は「わすれたいのに」。
言わずと知れた若き日のBarry MannとLarry Kolberの作品です。
この曲が全米5位にチャートイン。
ビッグ・ヒットになりました。
※Barry Mannもアルバム「Who Put The Bomp (In The Bomp,Bomp,Bomp)」でカヴァーしています。

The Paris Sistersのこの独特の世界がいいですよね。前作「Be My Boy」の続編のようなバックのサウンドとPriscilla Parisの歌声が最高!ベスト・マッチだと思います。個人的には「Be My Boy」も良いんですけどね。

「When My Blog Turns To Gold Again」でYoutubeで公開された彼女達の映像を拝見しましたがキレイですよね。本当に驚きました。
でも、キレイなだけじゃダメなんですね。
The RonettesのようにSexyじゃないといけないんですね、大衆に支持されるためには。
Phil Spectorの心も動かないのかな?

本当にキレイなんですけど・・・。

# by rokusuke_kujira | 2008-01-14 01:48

OH WHY/シリア・ポール



さて、復活第一弾はこれ。

「Oh Why/シリア・ポール」です。

ナイアガラ・カレンダー(81年mix)を聴いていて、もうすっかり頭はナイアガラになってしまいました。で、私以上にいろいろ知っているナイアガラーがたくさんいることを承知で「夢で逢えたら」のアルバムからピックアップしてみました。
ご存知のようにこの曲は1959年に発表されたThe Teddy Bearsのカヴァーです。
当然、このアルバム制作時の大滝詠一さんの心境を考えるとかなり思い入れタップリだったはずです。※ご本人もコーラスで参加しています。

このアルバムをじっくり観察すると当時の意気込みが伝わってきます。
大滝さんご本人の文章にもありますが、Aldon Musicのライター達とPhil Spectorへの思い入れたっぷりです。

このアルバムを初めて聴いたときの衝撃はなかったですね。だって、「夢で逢えたら」のイントロだけでぶっ飛んで、この曲以外みんなカヴァーという異常な選曲にも。(笑)
本当に驚きました。

私は好きだからいいですけど、そうじゃない人には・・・、まあ、この辺の話は歴史が証明していると思いますけど・・・。


「Oh Why」に話を戻します。
オリジナルのPhil Spectorのコーラスより大滝さんのコーラスの方が本当に心地良いんですよね。それとオリジナルよりも圧倒的なストリングス。
本当に大好きな1曲です。
シリア・ポールさんはこれより前にモコ・ビーバー・オリーブで「わすれたいのに」(「I Love How You Love Me」です。The Paris Sistersの名曲ですよね!)を朝妻一郎さんのプロデュースでカヴァーしています。そういう面もあったんでしょうかね、「Oh Why」が選ばれた背景に・・・。

そういえば、Phil Spectorの伝記「He's A Rebel」(日本語訳)が再発されるそうですね。
また、買わなきゃ。
# by rokusuke_kujira | 2008-01-14 01:04

ブルー・ベイビー・ブルー/太田裕美


なぜ?いままでこの曲を聴かなかったのか?

これが、初めて「ブルー・ベイビー・ブルー」を聴いた私の感想です。
きっと、リアルタイムで聴いていたら私の愛唱歌になっていたでしょう。
フラれてばかりの思春期にきっとこの曲を悔し紛れに歌っていただろうと容易に想像がつきます。(笑)しかし、俺はこの手の曲が好きなんだなあ。自分でもあきれます。

太田裕美さんについてブログであまり書いておりませんが、実は、私に大きな影響を与えた方なのです。

彼女のヒット曲は1980年代初頭の深夜放送戦争で敗北したTBSラジオさんのおかげです。
当時、TBSラジオの深夜1時から3時までは懐メロばかりかける番組が存在しておりました。
私はもちろんニッポン放送派なので毎夜オールナイトニッポンを聴いていましたが、時たま聴きたくないパーソナリティーのときはTBSラジオを聴いていました。
よくかかっていましたよ、『九月の雨』、『恋愛魔術師』、『ドール』、『南風』あたりが。

で、今もおぼえているんですが、1981年ごろの私がカセットテープが擦り切れるほど聴いたのが、ニッポン放送の日曜の朝の番組でエアチェックした「さらばシベリア鉄道」でした。
ここから、その後の数奇な運命が始まります。(笑)
他のブログでも裕美さんの「さらばシベリア鉄道」に影響を受けたような記事があったようにに思いますが・・・・。

でも、それはまた、別のお話・・・?

# by rokusuke_kujira | 2006-05-25 01:01

青空のように/大滝詠一


6月には早いけど、気持ちよく青空を見ていると不思議と口ずさんでしまう名曲です。
1978年発表の「ナイアガラカレンダー’78」に収録されています。
大滝師匠が自信を持って制作したナイアガラ流の「WALL OF SOUND」の回答だったそうですが、残念ながら売れませんでした。
この曲が収録された「ナイアガラカレンダー'78」も自信作だったんですがセールス的には失敗だったそうです。

今じゃ当り前のように、このアルバムの曲は歌い継がれていますが、当時は本当に理解されなかったようです。まあ、大衆に理解される事が決して正しいとはいえないんだけど、商業音楽の宿命ですから仕方ないと思いますけども。
この後、大滝師匠は伝説のFUSSA45スタジオをたたんでしまい、第一期ナイアガラは「LET’S ONDO AGAIN」へ突き進みます。

















話は変わりますが、
先日、友人と飲みに行く道すがら、時間があったので、赤坂界隈を散策しました。思い出の日本コロムビア(工事中)、赤坂マンションを訪ねてみました。計らずもその晩には、フルーツカラーではなかったんですが、お月様が私を照らしておりましたよ。
アハーーー。(「恋はメレンゲ」の奇声(失礼!)風)
# by rokusuke_kujira | 2006-05-25 00:02

A SYMPHONIC SALUTE TO A GREAT AMERICAN SONGWRITER BRIAN WILSON/GARY USHER


久しぶりにGARY USHERの残した美しい曲がつまったCDを手にしました。
このアルバムはGARY USHERが1970年に制作したインストロメンタルのBRIAN WILSON作品集です。
いまでこそ、THE BEACH BOYSの作品はジャズに、クラッシックにアレンジされていますが、1970年ごろにこういう試みをしたのはGARY USHERだけだったと思います。

ご承知のように、BRAIN WILSONとGARY USHERは大親友です。
90年5月25日にGARYは肺ガンのため51歳でなくなりますが、病床に伏していた90年4月、病室を訪れたBRIANはTHE RONETTESのヒット曲「Be My Baby」の収録されたCDを5回続けてかけ、ふたりは手を取って泣いたという逸話も残っているくらい、彼らの友情は厚く揺るぎないものだったようです。共作もありますし、GARY をBRAINがプロデュースしたりとたくさんの作品を残しています。仕事仲間でもあり、遊び仲間だったわけです。

それにしても、こんな美しいアルバムは中々ないと思います。
個人的には「PETSOUNDS」が好きです。オリジナルより良いかも…。
ストリングスの臨場感があります。ドライブ感というのでしょうか?
まあ、当然、オリジナルはMONOで、こちらはSTEREOということが大きいかもしれませんが・・・。

でも、こうしてインストで聴いてみると、曲の良さが際立つね。
特に「PLEASE LET ME WONDER」はさすがです。
このアルバムが長らく未発表だったというのが信じられません。

ぜひ、未聴の方はお聴きください。

◇参考サイト◇
 The Surf and Hot Rod Sounds of Gary Usher

# by rokusuke_kujira | 2006-05-24 22:56

東京ドドンパ娘/渡辺マリ


Googleで検索したら「ドドンパ」ってジェットコースターばっかりなんだね。(笑)
1961年の大ヒット曲「東京ドドンパ娘」は私のAll Time Favorite Numberです。
この曲の魅力はただひとつ。
渡辺マリさんの「すっ・・・きに~」という出だしのタメがいいのです。

「ドドンパ」というリズムはあまり好きではありませんし、ドドンパを取り上げている歌謡曲は好きではありません。でも、「デモは、デモでも、あのこのデモは・・・」(失礼)、この曲だけは例外なのです。どうしてかというと「すっ・・・きに~」があるからです。

「ドドンパ」はその名のとおり、怪しい雰囲気があります。
もともと京都のクラブでフィリピンバンドが演奏した独特のフィリピンマンボが、のちにドドンパと呼ばれるようになったと言うのも怪しい。それにリズムは裏が取れない。

でも、その怪しさが何ともいえないのも事実です。
だって、当時ミリオンセラーを記録したにもかかわらず紅白歌合戦に渡辺マリさんは出ていません。やっぱり、「下品」だったのかしら?

それから40数年、日本において新しいリズムは発明されていません・・。
知っておられると思いますが、演歌は朝鮮半島の民謡がルーツです。
しかしドドンパのルーツである都々逸は江戸時代に考案された日本古来のものです。都々逸は都々逸坊扇歌(どどいつぼうせんか)が潮来節のひとつである「よしこの節」を元にして考案しています。
このドドンパは一度聞いたら忘れられないアクセントで♪ズンタッ、タタタタッタのリズムを刻みます。(コレクターズ天国より
わが国で唯一発明されたリズム「ドドンパ」。
何とも言えませんね。
# by rokusuke_kujira | 2006-05-18 19:23

MASHED POTETO TIME/DEE DEE SHARP


マッシュポテトのリズムで木魚叩けば、イエイエイエ
池の鯉が跳ねだす、石の地蔵さんが手拍子取る

ポテトを食べ、ポテトで踊ろう、ポテトにイカれた イエイエイエ
という刺激的(?)な歌詞が私の頭の中に鳴り響いたのは22年前。TBSラジオの「Go!Go!Niagara」でのことでした。
目茶苦茶な歌詞なのになぜか?口ずさんでしまうこの曲は日本人好みなんでしょう。しかも、日本中で知らない人がいないくらい有名ですよね。違うかな・・・。

「MASHED POTETO TIME/DEE DEE SHARP」(1962年)

です。1962年にビルボードで全米2位を記録しました。R&Bチャートでは1位でした。
DEE DEE SHARPはフィラデルフィアを代表する女性シンガーです。
彼女が放ったビッグ・ヒットが日本に上陸したときには、「ハチマキしたくじら」がタコを背中にのせて踊ってしまいますし、恋人たちが池にザンブリはまって、そのまま踊りだすと言う、乱痴気騒ぎ(漣健児)ソングになってしまいました。(笑)

当時のマッシュポテトと言うニューダンスを取り上げた曲だった訳ですが、目方誠(美樹克彦)さんのヴォーカルで訳詞を歌うと妙なおかしさがこみ上げてきます。

彼女が所属していたCAMEOレーベルのヒット曲たちは長らく再発されませんでしたので、私もこの曲を探すのに苦労した記憶がありますが、いまは再発されていまして簡単に手に入ります。ぜひ、DEE DEE SHARPヴァージョンと目方誠ヴァージョンを聞き比べてください。
# by rokusuke_kujira | 2006-05-15 22:28

LIKE A SUMMER RAIN / JAN & DEAN



今日は一日雨でしたね。
雨の曲が多いと言えば、山下達郎さんなんですが、達郎さんを聴こうという気分でもないし、かといって今日は”ウェンズデー”じゃないし・・・、そうだ!夏には早いけど、

JAN & DEANの「LIKE A SUMMER RAIN」(1966年)です。

高校時代に買った輸入盤の中でお気に入りの2枚組がありました。
タイトルは忘れてしまいましたが、サーフィンもので、The Fantastic Baggys、Bruce & Terry、Bruce Johnston、The Rip Chordsの曲が収録されていました。
GARY ZEKLEYところが、その頃の私はJAN & DEANが聴きたくって、サーフィンものなので当然彼らの曲が入っているものと思い込んで買ってしまったのです。(カット盤でしたが・・・)
買って、ビックリ!JAN & DEANの曲は1曲しか入っていなかったのです。
JAN & DEANといえば、The Beach Boysと並ぶサーフィンサウンドのアイドルでしたが、このアルバムでは「LIKE A SUMMER RAIN」という曲しか入っていなかったのです。

後年、調べてみるとこの曲は1966年に発表されていて、純粋なサーフィン・ソングじゃなかったわけです。でも、何度も聴いているうちにメロディーの美しさがなんともいえない感動を私にもたらしたのです。
いまだに歌いますよ。

この曲はDEAN TORRENCEとGARY ZEKLEYの共作です。
GARY ZEKLEYはこの後にヒットする「YELLOW BALLOON」の作者です。この時期までGARY ZEKLEYはJAN & DEANと仕事をしていますが、「YELLOW BALLOON」の出来が問題となってた元を分かつ事になります。

また、GARY ZEKLEYについては、あらためて取り上げたいと思います。
取り敢えず今夜はこれで・・・。

おやすみ。(佐野元春調)
# by rokusuke_kujira | 2006-05-14 00:50

THEY DON'T KNOW/TRACEY ULLMAN


お恥ずかしいんですが、私は彼女を良く知らないくせに大好きでした。
というのはほとんどのシングルを持っています。
それに、この「THEY DON'T KNOW」のプロモーション・ビデオも何度も見ましたね。

よくよく調べてみると、彼女はイギリスでは女優さんとしてスター扱いだったんですね。
だから、「THEY DON'T KNOW」のプロモーション・ビデオにPAUL McCARTNEYが出演しているんですね。やっと、理解できた。(笑)
のちにPAULの映画「ヤア!ブロード・ストリート」にTRACEY ULLMANは出演していましたね。
正直に言うと、私は彼女をオールディース調の曲を歌う新人アイドルだと思っていました。そんな大物とは知らず、失礼しました。

デビューシングルは「BREAK AWAY」(1983年)。
曲は、ご存知!JACKIE DeSHANNNONです。

そして、2ndシングルが「THEY DON'T KNOW」(邦題:夢見るトレーシー)でした。
この曲も良いのですが、個人的には日本だけでシングルカットされた「YOU CAUGHT ME OUT」が大好きです。日本のレコード会社の方の英断ですね。どういう理由か分からないけど・・・。

結局、彼女が残したのはアルバム2枚、シングル9枚でした。
その後、TRACEY ULLMANはアメリカに渡り、テレビ・映画で活躍します。
短い間でしたが、私を楽しませてくれたアイドルの一人です。
# by rokusuke_kujira | 2006-05-11 22:58

POCKET MUSIC/山下達郎

このアルバムでいちばんのお気に入りはタイトルソングである「ポケット・ミュージック」です。
何かで読んだんですが、この曲は数多く生まれては消えるポップスに対してのオマージュだったそうです。
たしかに人間の営みの中で生まれては消える音楽。
それは街の雑踏に消えていってしまう程度のものかもしれないし、心の中に刻まれて一生消えないものになるのか分からない。それくらい「はかないものなのかなあ」なんて思ってしまう、良い曲です。
私の中の山下達郎さんは一応ここでストップしています。
その後の作品は聴いていますが、「ポケット・ミュージック」以上の感動をおぼえた作品が見当たらないので・・・。
いい曲はあるんですよ、でも、個人的な見解ではそうです。

まあ、私程度のものにこんなこと言われても・・・と思うでしょうがお許しを。

# by rokusuke_kujira | 2006-05-11 21:39

WITH A LITTLE HELP FROM MY FRIEND/THE BEATLES


THE BEATLESのアルバム「Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band」の2曲目の収録されている「WITH A LITTLE HELP FROM MY FRIEND」は大好きなんですよ。

RINGO STARRの「YOU'RE SIXTEEN」を聴いていて、つい懐かしくなってしまいました。

本当にRINGOのヴォーカルは変な魅力があります。
私は彼の歌は決して上手くないんだけどこの魅力が多くのファンからの支持を得ていると思います。こう温かみのあるというか、何と言うか・・・。
# by rokusuke_kujira | 2006-05-10 00:51

YOU'RE SIXTEEN/JOHNNY BURNETTE


メンフィス生まれのJOHNNY BURNETTEの大ヒット曲「YOU'RE SIXTEEN」は1960年にビルボードで8位を記録しました。
ご存知の方はご存知ですが、この曲は映画「アメリカン・グラフティー」で挿入歌になっています。実は私は「アメリカン・グラフティー」のサントラ盤でこの曲を知りました。

この曲は1974年にRINGO STARRがカヴァーしております。
※この映像も見ることができますよ。

RINGOのヴァージョンも間の抜けた感じがいいんですが、何と言ってもオリジナルのJOHNNY BURNETTEの方がカッコよいと思います。
彼の代表曲「DREAMIN'」も好きですが、とりあえず有名な「YOU'RE SIXTEEN」をお送りいたしました。「DREAMIN'」はグッチ裕三さんがよく歌ってましたよね。

ハイ。

# by rokusuke_kujira | 2006-05-10 00:19

JOHNNY GET ANGRY/JOANIE SOMMERS


この曲のイントロが聴こえてくれば、「ヤッターーー!」と飛び上がってしまいそうな衝動にかられます。それだけ好きな曲なのです。

1962年の大ヒット曲 JOANIE SOMMERSで「JOHNNY GET ANGRY」(邦題:内気なジョニー)です。

ビルボードでは全米7位まで上がりました。私は彼女のハスキーな歌声が大好きです。
以前、かまち潤さんも著作の中で「ヤッターーー!」と記されていたのを思い出しますが、それだけ印象的なイントロです。低音のギターから始まって盛り上がっていく感じがなんともいえません。

JOANIE SOMMERSはミュージカル『Bye Bye Birdie』の挿入歌「ONE BOY」(1960年)もヒットさせています。コチラも有名ですが、チャート的には54位までしか上がりませんでした。この「ONE BOY」も彼女のハスキーヴォイスがなければ魅力半減してしまうような曲ですね。
この曲もイントロのストリングスが印象的です。忘れようにも忘れられません。(笑)

このアルバムには収録されていませんが、「I'm Gonna Know He's Mine」は、Barry Mann-Cynthia Weil コンビが書いたキュートで可愛いポップナンバーです。この曲もいいですなあ…。(ウットリしている私が分かりますか?)

因みに1960年初頭から中頃までペプシのCMでジングルを歌っていたのは彼女です。
# by rokusuke_kujira | 2006-05-09 22:45

TEENAGE SONATA/SAM COOKE



さて、オランダの薔薇さんがCarole Kingを取り上げてしまったので、ちょっと古いお話しを・・・。(Lou Adlerの続きですぞ。)

前回の記事で書かなかったんですが、Lou Adlerは1950年代後半にHerb AlpertとBarbara Cambelのペンネームで名曲「WONDERFUL WORLD」をSam Cookeに提供しています。(当然この曲は1960年ヒットしました!)
※クレジットを見ていたら、現在はS.COOKE-H.ALPERT-L.ADLERをなっておりました。
Herb Alpertはこの後、ソングライターとして不向きだと悟ったそうです。Lou AdlerとともにJAN&DEANのプロデュースへ進んでいきます。

さて、「(What A)Wondeful World」ですが、1978年に Art Garfunkel With Paul Simon,James Taylorでカヴァーされております。このカヴァーは良いですね。好きなんですよ。サッチモとお間違いなく・・・間違えないか!

さて、話は”ガラリ”と変わります。
SAM COOKEはKEEN RABEL、RCAで多くの名曲を残していますが、私はこの作品を取り上げたかったのです。

「TEENAGE SONATA」(1960年)です。

1959年にKEEN RABELからRCAへ移籍して初めてリリースしたシングルです。残念ながらセールは芳しくなく(チャート50位)期待はずれの印象がありますが、良い曲なんです。曲はElle Greenwichとタッグを組む前のJeff Barryが提供しています。中々のバラードなんですが、セールスが影響したのか?ベスト盤にも入っていません。(ボックスセットには収録されているようです…)ぜひ、取り上げてほしいものですね。

# by rokusuke_kujira | 2006-05-03 11:21

TELL'EM I'M SURFIN'/THE FANTASTIC BAGGYS


Peter Asherを偉そうに記事にしてしまいはずかしいです。
nov46sさんからコメントとTBも頂きまして・・・、本当に、何ともはやという感じです。(???)

正直調子に乗っていますが、Peter Asherを取り上げたのはAl Cappsからのつながりでして、私の中ではもうひとりの大物プロデューサーの記事を書きたかったからなんです。
(一応、みなさんの話題に合わせているつもりなんですけど・・・)

それは、Lou Adlerです。※そんな大げさなものではありませんから、ご安心を。

私は、彼の名をJan&Deanの関連で知りました。マネージャーだったわけですから。
で、今回紹介するTHE FANTASTIC BAGGYSにつばがるわけです。ご存知の通りTHE FANTASTIC BAGGYSは1963年 P.F.SloanとSteve Barriのデュオです。一応ジャケットでは4人組みたいですけど。彼らはスタジオミュージシャンのチームだったのです。

調べてみたら、Lou Adlerのウェストコースとミュージックシーンに与えた影響は相当なものです。Phil Spectorのセッションミュージシャンとして有名なHal Blaine、Steve Douglasなどのジャズ系のミュージシャンをJAN&DEANのセッションに使ったのはLou Adlerだったそうです。当時のジャズ・シーンではニューヨークを中心とするハード・バップが盛り上がっており、ロサンゼルスのジャズ・シーンは衰退期にありました。この為にジャズ・ミュージャンの供給過剰が起こり、比較的安いギャラで良質のミュージシャンを雇えたという事情があったようです。そこにLou Adlerは目をつけたんですね。
そういうことですから、Lou Adlerの手法をPhil Spectorが真似したというのが正しいそうです。※ちょっとショックでした・・・。Jan&Deanをホワイト・ドゥーアップからサーフィン・ミュージックに転向させたのもLou Adlerです。
その過程でLou Adlerに見出されたのがP.F.SloanとSteve Barriでした。彼らはJAN&DEANのバッキングを担当します。※ですから、THE FANTASTIC BAGGYSの曲でバッキングのオケは同じでヴォーカルがJan Berryだったりする場合があります。

これ以後もP.F.SloanとSteve BarriはLou Adlerにとって重要な役割を果たします。P.F.Sloanは「Eve Of Destruction」」を作り、Steve Barriはダンヒルレコードで活躍します。取り敢えず今回はTHE FANTASTIC BAGGYSなので、Lou Adlerの話しは次回にさせていただきます。

彼らの曲で「SURFIN' BACK AGAIN and SURF IMPERSONATIONS」というノベルティタイプの名作があります。(笑)曲のエンディング近くで当時のサーフィン・ミュージックを代表するお歴々のモノマネが入っています。当然、Lou Adlerもマネされています。

最後ですが、私の好みは「SURFER BOYS DREAM COME TRUE」、「It Was I」なんですが、やっぱり、夏を前に「TELL'EM I'M SURFIN'」をタイトルにさせてもらいました。
# by rokusuke_kujira | 2006-05-01 00:34

YOU BLONG TO ME/THE DUPREES



いや、いや、勘違いをしていた事に気づきました。(汗)
THE DUPREESは「Since I don't Have You」(1959年)をヒットさせたグループだと信じておりました。あちらはTHE SKYLINERSでしたね。

それで疑問が解けました。
山下達郎さんがなぜ?「ON THE STREET CORNER」で「You Belong To Me」をカヴァーしたかが。私にはこの曲がDooWopだというイメージがなかったのです・・・。1952年にJo Staffordが全米1位を記録していますが、それでジャズのスタンダードナンバーだと思っていました。(特に日本ではトニー谷さんがカヴァーしているわけですから・・・)

別にジャズだろうが、DooWopのグループがヒットさせれば良いんでしょうが、その点調べもしなかったし、まったく認識もありませんでした。でも、THE DUPREESのベストアルバムは自宅の棚にあったんです???(笑)まあ、あまり聴いていなかったんだけど・・・。不思議です。

このTHE DUPREESはイタリア系のグループです。「You Belong To Me」は1962年にビルボードで1位になりました。それ以外にも8曲チャートインしていますが、10位以内に入る事はなかったようです。1940~1950年代のポップな曲を焼き直す手法を採っていたようで,この手法は1960年代中期にも出てきますよね。THE VOGUESやTHE HAPPENINGSね。(いや、永遠に続くのかもれませんが・・・)

今回は良い勉強になりました。(笑)
人間の記憶なんていい加減なものですね。

# by rokusuke_kujira | 2006-04-29 23:06

PETER ASHER


この前、AL CAPPSの記事を書きましたが、何気なくウェスト・コーストのプロデューサーやアレンジャーのことを調べていたら、Peter Asherが気になったので、少々書きたいと思います。(生意気だね~)

ご存知!Peter AsherはPeter and Gordonとして、リヴァプールサウンドを代表するデュオでした。1963年の「A World Without Love」(邦題:愛なき世界)は大ヒットしました。それもそのはず、この曲はLennon-McCartneyですもの。良い曲ですよね。いまだに歌われていますからね。

当時、Peter Asherの妹である女優のJane AsherがPaul McCartneyの恋人だったので彼らはビートルズの寵愛を受けたようです。今も昔も人脈は大切なんだね。(笑)もともとPeter Asherは才能があったんでしょうが、取っ掛かりはそういうことのようですね。
1967年にPeter&Gordonは解散しますが、Peterはアップル・レコードのプロデューサーになります。
その後、Peter AsherはJames Taylorに出会います。さっそく、アルバム『James Taylor』をリリースしますが、アップル・レコードでの内紛のために、プロモーションも満足にできず、まったくヒットしません。
※長い間の疑問が解けましたよ。なぜ?James Tayiorの1stアルバムのレーベルがアップルだったのかがね。

そして、Jane AsherとPaul McCartneyが破局。
これを受けてか?Peter Asherはアップルを退社します。そして、ロンドンからロサンジェルスへ向かいます。そこにはJames Taylorの代表作『Sweet Baby James』の大ヒットが待っていました。その後、Linda Ronstadtをプロデュースする側ら、J.D.Southerなど多くのアーティストに関わりました。今も絶大な影響力を持っています。
※ここでCarol Kingが関わってくるんですね。

1970年代のCarol Kingにはまっていた時期に、何でPeter Asherのクレジットがあるのか不思議でした。つながっているんですね。(笑)

Peter Asherのサウンドについては、私なぞが語れるわけもないので、下の記事をご覧くださいませ。

アッシャーはプロデューサーとは言っても、編曲やエンジニアを担当するわけではなく、その役割は基本的にはマネージャーとしてミュージシャンやスタッフやスタジオをブッキングし、レコード会社との間の予算折衝を行い、レコーディングのスケジュール管理を行うというものです。ですから明確な“ピーター・アッシャーの音”というものはないのですが、ミュージシャンやスタッフの選定には彼の音楽に対する好みが自然と反映されます。
彼の好みのサウンドというのは、表面的には洗練されたくっきりとした音ということになると思います。リンダ・ロンシュタットがカントリー色を脱却したのがその好例です。ピーター・アッシャーの存在がなかったなら、ロサンゼルスの音楽シーンはカントリー・ロックやスワンプ・ロックの勢力が強い時代がまだまだ続いたのではないでしょうか。彼の望む音がもっとも顕著に表れているのはエンジニアのヴァル・ギャレイと共に作り上げた作品群でしょう。(West Coast Rockより引用)
そういえば、最近はWILSON PHILLIPSのアルバム「California」をプロデュースしてましたね。クレジットを見たときはうれしくなっちゃましたよ。

どうして”突然!”Peter Asherが気になったのかは分かりませんが、ここしばらくnov46sさん、オランダの薔薇さんたちの記事を見て影響を受けているのは確かなんですね。だから、むかし興味のあった音楽を制作する側の人が気になったのかなあ・・・なんてひとりつぶやいています。

# by rokusuke_kujira | 2006-04-29 00:34
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